量子ペンギンは箱から出たい。

”この物語はフィクションです。” 君との遭遇は嘘なんです。

田崎さんは変わりましたね。

「田崎さんは少し変わりましたね」

在宅勤務の出社日、数年ぶりに訪れた客先企業の総務部長が入館カードを準備しながらそう声をかけてくる。

田崎にとってこの案件は、現場を知っている案件ということもあり、休職期間開けのリハビリとしてアサインされた現場だった。1から引き継ぎを受ける必要もないし、少数ではあるが田崎の事を知っている人の存在もあり、その申し出は復帰に不安を感じていた田崎にはありがたいものだった。

「凄く痩せましたね?」と言われて少し笑いがこみ上げる。当時の田崎は少なく見積もっても今より20㎏は太っていた。この客先には当時の状況を知っている人もいる。当時…3年前の田崎のプライベートは誰の目から見ても文句なく幸せそのものに見えていたただろうと思う。結婚間際だったことをお客さんもみんな知っていたし、その為に定時で上がることに固執していた田崎をお客さんや同僚は許容してくれてすらいた。だから総務部長の言葉は印象面の変化なのか、単なる外見の変化なのか、どういう意図の発言かわからなくて、少し身構えてしまっていた。そういった理由で笑いが出たのは安心によるものが大きい。彼らの知らない田崎の3年間は、お世辞にも幸せなものではなかった。でもそれは今は言葉にしない、在宅勤務が解かれたらきっと噂はすぐに広まることだろう。外見の変化を形容されただけであったことに田崎はほっとした。苦労した、なんて田崎は思われたく無かった。苦労なんかじゃない、それは田崎の自業自得なのだ。

内面は変われたのだろうか、変われていない。田崎は数年前のまま変われずにまた同じ現場の仕事を担当する。

客先は大きく変わっていた、システムはより効率化されていて、メンバーも知っている人もいれば、はじめましてな方もいる。それでもこの案件は当時まだ幸せな気持ちをもってモチベーションにみちていた田崎が1から作り上げた案件で、当時自分が作った運用の残滓がいまでも引き継がれていた。

変わったことも、変われないことも連れて、田崎はまた新しくも懐かしい場所で生活をスタートさせる。

「田崎さん」出来上がったばかりの名前の入った入館カードを手に総務部長が後ろから声をかけてくる。

風のうわさで聞いた。田崎がどんどん現場で疲弊して、お客さんからも、「あんなにいい感じの人だったのに、どんどんそっけなくなっていったよね」と言われていたと当時の同僚から聞いた。きっと当時は公私ともに余裕がなかっただろうことを田崎は改めて反省する。結果として田崎は自分から案件を離れる希望を出したのだ。

「みんな、田崎さんの働きを、海外のチームも含めて、いなくなってからいなきゃいけなかった人だったんだって、気付かされたんですよ」

入館カードを受け取りながら、その評価に後ろめたさを感じながら、田崎は「また、お世話になります」そう答えるしかできなかった。それでも、評価されていたという言葉だけは、ありがたく感じた。必要としてもらえている場所が自分の居場所になる。田崎の安心は、きっと苦笑いに見えたと思うが、田崎にとっては紛れもなく救いだった。

こうして田崎は半年弱の休職期間から復帰した。

 

 

遭難した世界。

今、この混乱の最中に自分の立っている場所を自覚的でいられる人間はどれだけ多いだろうか。実際、僕自身周りを見えなくなっている事に関してだけは、はっきりと自覚している。

 

世界からは人が殆ど消えた。唯一残された僕らは誰もが不安を抱えていたが、安全な家にいる間、不謹慎ながらもどこかワクワクした感情も感じていた。誰かと会話をしている間、軽口を叩く余裕すらある。僕らの殆どにとって、これは初めての状況だったが、この緊張感はどこか既視感があった。いつかも同じよう世界が変わるほどの災害を経験したのだ。そんな絶望的な状況下にあっても、白く閉ざされた世界に僕たちは飛び出していかなければいけない。生き延びるために。

 

ひとつだけ、自分にはある目的があった。そしてそれは他の誰とも共有していない。

 

恐る恐る外に出る。自分が向いている方向以外の手掛かりや助けが殆ど存在しない世界へ足を踏み出すことは危険を伴うことであったが、同時に利をもたらすものでもある。リスクを取らなければリターンは得られない。みんなそれが分かっているからか、少しづつ自分のできることをやり、各自できることを増やしていく。ただ、自分は彼らの行動を手伝うことに対していまいち真剣になれない。滑稽にすら感じる。だから右往左往していた。している振りではない、実際にどうしていいかわからなかったのだ。

 

なぜか?決まっている。僕は世界にとって敵だった。悪意を、害を振りまく存在だ。ただその理由が自分でもわからずにいる。望んだわけでもなく、そうであるようにこの地に生まれ落ちた。

 

今この時代に、驚くかもしれないが、僕らは近くにいなければ言葉を交わすことすらできない。ネットワークはとても脆弱だった。だからできる限り近くにいようとする。そして自分たちの身を守るものを、心身を癒すものをできる限りシェアしようとした。優しい声を、施しを与えてもらえることはとても嬉しい。そしてそれをとても後ろめたく感じる。

 

状況は突然に変化する。まずここ数日、とても寒く感じるようになった。ひどく身体が冷え、節々もとても痛む。そして視界がより悪くなった。徐々に周囲から孤立していく。

危険な状況だが、しかしこれはチャンスでもある。自分の目的を果たす時だった。おもむろに放置された物資から、適当に脅威足りえるものを漁る。これは僕だけに許された「権利」でもあった。

 

この世界の情勢ははさらに悪化していく。吹雪き世界の視界はより途絶えていき、姿形が異形のものへと化してみえるようになる。そしてその時かつての仲間と邂逅する。これは好機だった。お互いの姿形が変化した状況に、彼女は僕の正体に気づいていない。同じ境遇に置かれた仲間だと思い近づいてきた彼女を、後ろから手にした凶器で殴打した。悲鳴を上げ逃げ惑うかつての仲間を殴り続ける自分は、まごうことなく世界にとって敵であった。

 

この好機にあって、自分にとって最大の運のなさが露呈する。それは手にとった凶器が控えめに言ってチープなものだったからだ。そうか、これでは命を奪うことまではできない。もし仕留め損ねて正体が露見したならば彼らは容赦なく僕を抹殺するだろう。「もっと強い武器が必要だ」そう気づいた瞬間翻って殺意を向けていた相手と距離をとり、韜晦する。

 

この吹雪の中で一人で家を更に離れていくことは命取りでしかなかったが、遠くに向かうしかなかった。誰も見えないところで、確実に世界の敵として、より悪質にならなければならなかった。

 

天は正しき者に味方するのだ。僕は間違ったことなどしていなかった。幸いにも、すぐに次の道具は見つかった。食料と、薬と毒。そしてアルコール。今度こそ、自分の役割を果たさなければならない。僕は間違っていない。この役割を与えられてこの世界に存在している。

 

アルコールを手に、酩酊状態で吹雪の中を彷徨い歩く。その時、雪の中にとても美しいものを幻視した。それは3匹の白い狼だった。幻などではなくそれは確かな質量をもって、僕に降りかかった。ああ、天は正しき者に味方するのだ。僕は世界の敵で、世界の果てで狼をみる。皮肉だった。仲間たちにとって僕は狼そのものだった。薄れていく意識の中で、最期まで世界の敵のまま居ずに済んでよかった。野生の中に朽ち果てるるのは、とても自然で美しい。

 

そうなんだ。世界は真っ白で、とても美しかった。

 

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という体験を初プレイのProject Winterでしたという話。

 

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東京事変の「遭難」を思い出してた

冬が嫌いと云う冷えた手はとうに選ばれて届く距離

掴むのを赦せよ

 

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お題「#おうち時間

 

君と「僕」がいたあらゆる場所。

事象の記憶で時間や場所、そのときの感情が含まれる記憶のことをエピソード記憶と呼ぶらしい。どうやら自分はエピソード記憶について特に高い記憶力を発揮するようで、大切な思い出も、思い出して悲しくなることも、残酷なまでに脳裏によみがえってくる。

時間と場所の記憶はとても厄介で、ただ通り過ぎるだけでもそこで誰と何をした、どんな会話をしたか、そしてその時と同じ景色、違う景色を感じれば、止まった時間と流れた時間を否応なしに突き付けてくる。景色が変わっても、時間が過ぎても、自分だけが変われていない、自分だけがその瞬間、その場所に取り残されているのだ。時間と場所の記憶にはそう思わされてしまう。

そう、とにかく。ありとあらゆる場所に自分が埋めた記憶が潜んでいる。それはタイムカプセルのような優しい感傷をもたらすものではない、地雷だ。ふと突然に感傷と感情が勘定不可能な負債となって塞いだ僕の内側に襲い掛かる。

はじめて一人暮らしをした街、横浜の新子安。晴れないもやもやを抱えて練り歩いた深夜の新宿。何度となく恋慕を抱いて訪れた大阪の心斎橋、なんば。転職を繰り返した僕には通勤した場所も複雑な気持ちを連想させる。みなとみらい、赤レンガ倉庫、六本木ヒルズ秋葉原。通勤路線、帰りの電車、その頃聴いていた曲、好きだったお店。

あの日一緒に暮らした街、北区王子。ぬくくて激しくて痛くてなめらかな春の嵐のような日々。あたたかな家庭を、未来を夢見た練馬のはじっこ。孤独を感じたあの日、一緒に前に進もうとしたあの日、同じ光をみようとしたあの空、感情の激流に流され翻弄される僕ら、そして疲れて、そして見失って、そして、そしてひとりで佇む、いま。

人生は絶対に攻略できない位置ゲームのようなもので、目的地にたどり着いても、追われるように新しい目的地が設定されていく、逃げてゆくゴールポスト。懐かしくなって、あの日の君に会いたくて、あの日の僕になりたくて、駆け足で同じ座標にたどり着いても、同じ景色を観ることはもう二度とできない。同じ場所にたどり着いても、同じ瞬間は二度と訪れない。ただそこに記憶の残滓が残っている。たどり着いて、思い出して、懐かしくなったり、寂しくなったり、泣けてきたりする。

こんなに憶えているなら、こんなに忘れられないなら、記憶の中のいつかのあの日にいられたらいいのに。僕の記憶の中に、記憶の中に立っていれなくて、自分は動けないままでいるのに、時間が記憶が風景がどんどん過ぎ去って、時間の中にまどろむ事を許してくれない。

決して忘れたいわけじゃない、こんな気持ちになる大事な記憶、自分そのものを形作る情報の密度。ただ、記憶のコントロールがきかない。いつでも思い出したい訳じゃない。

僕と足を並べたその場所にたどり着いた誰かが、一瞬でも僕の事を思い出してもらえるような、そんな瞬間が永遠であってほしい。忘れないでほしい、忘れてほしい。

大事な場所のいつかの瞬間が、あなたにもありますか?

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向き。

前向きな言葉が出てこないから身の振り方を考えてる。自分ひとりのために、なんで自分の知らなかった時代の問題を自分のせいにされてまで、こんな仕事頑張ってるんだろう。みたいなことを職場のトイレで打ってるけどあんまり意味はない。

 

珍しく日記だ。

このあなは一生埋まることがないような、そんな気がするんだ。

特に理由もなく絶望的な気分になってしまって逃亡している。特に理由はない、というのは言葉にする理由がない、という意味で、状況としてはなんとなくわかっている。シンプルな理由をつけるなら、ハロウィンが終わったこと、とても寒くなったこと。寒くなると、とにかく家にいることが苦痛になる。この寒い世界にたった一人でいることがとにかく苦痛になるのだ。結局の所、この先の半端に長い人生を、今の自分でたった一人で生きていくことに絶望的なまでに苦痛を感じている。できるだけ早く、この苦痛に終止符を打ちたいと思う、そういうことを考えだしたときに、やっぱりそれを無際限に吐き出し続ける自分自身に更に苦痛を感じてしまって、僕は逃げ出した。ネガティブな感情を吐き出し続けること、そしてそれに理由がなくて、誰のせいでもなくて、自分の内面に起因するものであること、そういう状況のときに今の交流はひどく不自由だ。好かれている、好意的に思われている人の前でそういうじぶんを晒すことでより自分がどうしようもない人間だと思わされる。自分の事を嫌っている人間の前でそういう姿を晒すことにも、抵抗がある。自分を批判する正当な理由を与えるからだ、つまり誰にとってもいい状況ではない、だから逃げるしかない。病気だから、ああこれは病気だから!好意的に接してくれていた人たちが耐えかねて、諦めて、嫌悪の感情を顕にして、しだいに離れていくところを何度もみてきた。当然だ、自分だってそうしてしまうかもしれない。治療を受けろ。治療を受けろ。治療受けろ。僕の努力が足りなかったのか、それとも努力が報われないのか、そもそも努力をしているつもりで甘えていただけなのか。ネガティブな感情が出てくるたび、何年も昔に仲の良かった人間の「俺は努力をしている」という言葉が突き刺さる。彼は正しかったのか、彼は努力をしていたから当時の自分には眩しく、羨ましく映ったのか、今でも彼は努力をしているのか、努力は実ったのか、僕の努力は無意味だったのか、努力の意味も、温度も、心の中まで誰にもわからないとしても、わかるくらいに僕の努力は取るに足らないものだったのか、そう思うと自分の事も信じられなくもなる。寒い部屋、寝れなくて暖房を入れると汗ばむ不快感で寝付けない。暖房を消すと、寒さと心細さで寝付けない。結局の所、自分はそういう、隣りにある体温と、呼吸と、そういう温かいものに生かされていただけだったのかもしれない。それがわかって、わかるからこそ、離れていったのかもしれない、本質は変わらないと思われたのかもしれない。当然だよ、だって誰にも誰かを変えることなんてできない、自分で変わることだって、こんなに、こんなに苦しいのに。一人でいても、誰かといても、幸せな毎日が繰り返されても、一緒にいて幸せな感情を感じる友人がいても、家にたどり着くと一人で、最後は一人で、静かな夜を過ごせなくて、理由もなく泣けてきて、そんな自分がたまらなく嫌で、早く楽になりたいと思ってる。ゆっくり、しずかに。この自分はどこまでいっても変われないんじゃないか、変われなかったじゃないか、だからまた今夜も一人で寝るんだろう、お前は。そう言われてる気がする。そしてもしそうだとしたら残りの人生を変われずに、一人で生きていく自信は、ない。休みだからといって、家にいられるわけじゃない。この穴は埋まらない。理由をつけて外に出る。外に出ている間は、誰かが周りにいて、世界に生きてることを実感できる。今日は音を浴びよう。好きな音を浴びよう。そうやって、毎日終わるまでの暇つぶしをする。必要とされたい。愛されたい。そうでなければ一人の時間はただただ無意味で、長すぎる。音を浴びよう。好きな音を浴びよう。幕が上がるまでの僅かな時間の、脳から漏れ出すテキストプレイ。
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世界観に浸る音をもとめて。

今日はなんとなくすきなものについて。

自分は音楽の好みが元々比較的雑食でありつつも、オタクの多分に漏れず、Vocaloidとかも聴いたりしてて。とはいえ、最近はVocaloidのコンポーザーさんはsasakure.UK氏(最近は有形ランペイジとしてバンド活動をしている)しか聴いてなかったのだけれども。

sasakure.UK氏の楽曲は物語仕立てになってることもあって、歌詞とかMVとかに深読みが捗る。(「*ハロー、プラネット。」「トゥイー・ボックスの人形劇場」なんかは曲と裏腹にヘビーなモチーフが散りばめられていて色んなところでMVと歌詞の考察がされているし、「タイガーランペイジ」は山月記をモチーフにしていることで有名)

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さて、先月有形ランペイジのライブに行ったことで自分の中でまた再燃して、そんなタイミングでsasakure.UK氏とメゾネットメゾンというユニットのコラボアルバムが出たってことで曲を聴き始めたのだけどこれがとにかくツボで。

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もともと楽曲と世界観は好きなのだけれども、ボーカロイドの歌声に少し苦手感があって。このコラボアルバムはボーカロイドではなくてメゾネットメゾンのVoであるQ.iさんの透明感があってそれでいてずしっとくる重く響く声質、表現が世sasakure.UK氏の界観に完全にマッチしてて。SFが好きな自分には歌詞も音も世界観もたまらないのです。メゾネットメゾンをsasakure.UK氏きっかけとはいえ知れてよかった。過去作も聴いてて、今後も追っていきたい。

時々こういう自分のツボを刺激する出会いがある。趣味や感性は広く、好きなことにアンテナは張り続けたい。自分の感性を広げている限り、その感性を刺激する存在は星の数ほどあって、そんな世界は美しいよね。

秋の夜長に、世界観に想いを馳せながら聴いてみてほしい。アルバムのリリースライブも行こうと思ってます。

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これからも好きなことについてはどんどん共有していきたい。逆におすすめがあればどんどん教えてもらえたら嬉しいです。興味は止めない、好きなことをどんどん増やしたい。共有して、好きになってもらえたら嬉しいし、語り合いたい。

このブログが僕とあなたにとっての新たな"好き"のきっかけになれますように。

あきがきた。

学生だった頃、ちょうど日本でもハロウィンの一般的な認知度が高まってきたころ。秋はすごく好きだった。夏が終わると街が、お店に売っているものですら、ハロウィンの仮装をして色が変わっていく。

朝、原付で学校に向かうときにひんやりと感じる空気が好きだった。まだ当時は煙草を吸っていて、その空気を肌だけでなく呼吸で感じれるのが好きだった。

大学の友人たちとカラオケ屋で朝までコスプレをしてハロウィンデコレーションなハニートーストを囲んでパーティをした。今年は何を着ようか、なんて考えるのも好きだった。

 

卒業して、働き出して辞めて。失恋して。またちゃんと落ち着いて働きだしたそんな頃に出会った相手と一緒にいるようになって。毎年のハロウィンは記念日だった。特別な季節になった。

毎年記念日には仕事を休んで、休暇の理由はハロウィンなんで、なんて照れ隠しをして。一緒に出掛ける場所やかぼちゃやおばけをモチーフにしたケーキ、ハロウィンのイベント。調べるのも楽しくて、全部特別だった。

最後に出掛けた記念日は、八景島シーパラダイスに泊まりで。園内に泊まれるなんて夢みたいで、夜までずっと大好きなペンギンとプロジェクションマッピングが観れることが夢みたいで、そんな世界に一緒にいれることが夢みたいで。

なのだけど。

その日は台風だった。夜は大嵐だった。秋はいつもこの時期に台風がくる。記念日はいつも雨と隣り合わせだった気がする。台風は嫌いだった。

徐々に強まる雨風で人が少なくなっていく園内、プロジェクションマッピングの時間には外には誰もいなかった。泊まりなのだから、何も気にせず、暴風雨の中ずぶ濡れでプロジェクションマッピングを観た。

世界はふたりだけで、他に誰もいないように感じた。ゴシック感のあるメタルサウンド、音と雨と風を終わるまで浴びつづけた。他には誰もいないのに、園内で流れているラジオをしているDJのお姉さんが、ブースの窓からこっちを見ていて、こんな天気でも見てくれてる人がいますね!なんて声をかけてくる。DJブースの窓に手を振って、この世界には他にも人がいたんだ!なんて思えて、顔を見合わせて笑ってしまった。ずぶ濡れで大笑いした。

 

時が経って、色んな事があって、秋は特別な季節ではなくなった。大学の仲間も家族ができて、朝までパーティをするようなこともなくなった。ハロウィンが近づくとソワソワして、胸が苦しくなって、だからハロウィンは嫌いだ。このオレンジ色の景色も、もうみたくない。もうあきたよ。もうあきたんだよ。あきがきたよ。

それでも、それでも。このひんやりとした少し寂しい空気と、美味しい食べ物と。世界に他に誰も存在しなかった夜を思い出して。

あきがきても、秋は好きだよ。

 

今週のお題「秋の空気」